火の海
「えっ⁉︎」
目を疑った。まるで映画のワンシーンだ。
何気なくテレビをつけた瞬間、目に飛び込んできたのはヘリコプターから撮影された、燃え盛る「火の海」。
闇に包まれた街の至る所で炎が上がり、まるで「ディザスター映画か⁉︎」と勘違いするほどの光景がテレビに映し出されていた。
「何だこれは⁉︎」
「阪神淡路大震災」である。その映像は衝撃だった。
1995年1月17日火曜日。当時、住宅の営業だった私はその日、休日をのんびり過ごしていた。
地震が起きたのは午前5時46分。早朝である。しかし私の記憶では「夜、燃え盛る火の海を見た」のが最初だった。地震速報やニュースを見た記憶もない。
その後、飛び込んできた映像はさらに想像を絶するものだった。
倒壊したビル、横倒しの高速道路、「まだ両親があの中に」と崩れた家屋の前で救助を待つ男性。
ニュース速報では死者の数がどんどん増えていく…。
この震災では耐震基準を満たさない、古い木造住宅に被害が集中した。犠牲者の大半は家屋倒壊による圧迫死だったという。これをきっかけに98年には「被災者生活再建の支援法」が制定され、2000年には新たな耐震基準が設けられた。
また、多くの人達がボランティア活動に参加され、「災害ボランティア」が社会に根付くきっかけにもなった。
「阪神淡路大震災」
この震災が近年の「大災害時代」の幕開けとなった。